ベンチプレスのチーム鉄腕(兵庫県)

仲博幸館長の経歴
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所在地・利用可能時間のお知らせ

〒673-0424
三木市自由が丘本町3-5
代表 仲博幸
TEL/FAX 0794-82-4275
【地図はこちら】

【ワークアウトタイム】
■月曜・火曜・金曜:
10時〜23時
■水曜:
10時〜23時30分
(アーム合同練習→20時30分〜23時30分)
■木・土曜:10時〜22時
※木曜日はジムは使用出来ますが16時から指導者(館長)不在です。
■日曜:休館日

館長による指導可能な時間は開館日の13時〜22時(木曜日は13時〜16時)

他に大会等支援の為で止もうえず不在の時がありますのでご了承くださいませ。

 

 

 

■仲博幸館長の経歴■

【ボディビル時代】
元々、陸上競技の選手であった頃、陸上競技の補強としてウェイトトレーニングを始める。
元来備えていた素質と努力が合わさり、メキメキと肉体が変わっていく。そして、ボディビル競技の選手として活躍するようになる。

1982年 兵庫大会 第2位。
1983年 兵庫大会 優勝、ミスター兵庫となる。
同年、ミスター関西 第3位。

1992年 ミスター関西 第3位
この時、兵庫大会には出場せず。

この間、多くのジムにてボディビルの指導も積極的に行う。

1994年、チーム鉄腕 創設。


それぞれの写真をクリックすると、大きな写真が現れます。

上の3枚は1982年の大会での姿。

下の4枚はその10年後にあたる1992年の姿。衰えるどころか、さらに鋭さを増してるような。。。


【パワーリフティング時代】
ボディビルの選手時代から、多くの選手を指導・育成してきた。全日本チャンピオンに輝く新田昌和氏もチーム鉄腕の出身。
その鍛え上げた肉体を武器に、館長自らもパワーリフティングの選手として出場する。

1989年 パワーリフティング82.5kg級 全日本 第2位
1990年 パワーリフティング82.5kg級 全日本 第3位

この時、デッドリフト近畿記録樹立(たぶん275kg)。現時点(2008/1)で未だ破られず。


【アームレスリング時代】
アームレスリング世界では有名すぎる世界チャンピオン 金井義信氏 が、4年間(1994-98) チーム鉄腕に在籍。金井氏の主催するジム『鉄腕ジム』の『鉄腕』は、この『チーム鉄腕』から譲り受けたもの。優秀な選手は優秀な指導者の下に集まるとはよく言ったものだ。
その後も全日本大会優勝、ヨーロッパ大会優勝などの経歴を持つ名選手が数多く現在も在席。

国内大会(マスターズ)での優勝は数知れず。
1999年 全日本 マスターズ優勝
同年 世界大会 マスターズ(40代)3位
2005年 全日本 マスターズ優勝
同年 世界大会 グランドマスターズ(50代)3位


【有する資格】

ボディビル
●JBBF1級指導員
  ●JBBF2級審判員

パワーリフティング
●日本パワーリフティング協会(JPA) 理事 
および 近畿ブロック長 
  ●兵庫パワーリフティング協会(HPA) 副会長
  ●JPA1級審判員
  ●ディスエイブル審判員

アームレスリング
●明石市アームレスリング協会 副会長
  ●1級審判員

 


【制作後記】
普通、ジムのオーナーがボディビルやパワーリフティングの選手であったならば、その選手時代の写真や賞状などが、ジムの壁に貼られてあったりしませんか? ところが、チーム鉄腕の壁に貼ってあるのは、ジムの選手が写っている新聞の切り抜きや試合結果表だけ。あ、あと、『ほしのあき』の水着ポスター1枚。(笑) 仲館長が選手時代の頃の写真や賞状など、全く無いのです。だから、初めてジムに来て、仲館長の経歴を知らない人は、どんな人なのか、全くわかりません。そして、仲館長も自ら自分の事を多く語りません。
『いろいろ浅く広くかじってきただけですから。』と言うだけ。
今では、大会会場で走り回り、審判をしたり、選手の試技の補助をしてる一人のおじさん。
仲館長曰く
『選手引退後、補助に人生の生きがいを見出す。』だそうです。(笑)
会場で走り回っている姿を見て、確かに体格はいいけど、これほどまでにすごい人だとは、誰もわからないでしょうね。きっと知らない人も多いはず。
過去の人として忘れられるのはあまりにも惜しいので、 仲館長は恥ずかしがっていましたが、頼みこんで昔の写真を出してきてもらい、半ば強引にこのページを作ってみました。(IT中谷 記)

 

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